何だか妙な夢を見た。




そう感じたのだが、それがどんな夢だったのか全く思い出せない。
目を開けてみると、辺りは未だ暗い。
だが窓の下部は微かに白んでいるように見える。
夜明けの時間なのだろう。



ふあ、と大きな欠伸を一つ。
まだ起きるには早い時間だ。
もう一度パタリとベッドに横になる。
明日――いや、もう夜明けなのだから今日――から、キャンプに行くのだ。
十分な睡眠をとって臨みたい。
暑いために押し退けたタオルケットが、端で丸まっていた。
当然それを体に掛ける気にはなれず、そのまま目を閉じた。
寝苦しい中、二度寝出来るか少し不安ではあったが、杞憂だったらしい。
さほど待つことも無く、再び眠りへと引き込まれていった。








「母さん、ヒカリは……」
「無理ね。まだ熱があるもの」
「そっか……」
太一は肩を落とした。
前々から楽しみにしていたのに、残念ながら体調が芳しくないのでは連れて行けない。


「行ってくるからな。ちゃんと寝てろよ」
そう声をかけると、何か言いたそうに口を中途半端に開いたが、弱々しく笑って頷いた。


きっと本当は行きたいんだろうな。


それがわかっていても、その願いを叶えてやることは出来ない。
何とも言えない思いを抱いて、太一は家を後にした。








「準備出来たか」
「うん!」
リュックを背負い、緑色の帽子を逆向きに被る。
正に準備万端の出で立ちで、自分の前に立つ弟を見て、ヤマトは思わず苦笑した。
「なあタケル。何で帽子が前後逆なんだ。それじゃツバの意味が無いだろ」
「こっちの方がカッコイイから」
「さいですか」



数年一緒に暮らさないうちに、弟は確実に大きくなっている。
いつの間に格好なんて気にするようになったんだろう。
そんなことを考えながら、ヤマトは部屋の戸締まりを始めた。








「……それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。……あまり無茶をしないようにね」
「……わかってる」


バタンと音を立てて家のドアが閉じる。
聞こえないはずなのに、背後で母の溜息が聞こえた気がした。
ふう、と空の口からも思わず溜息が漏れる。


母が自分を女の子らしく育てたいと思っているのはわかる。
空だって自分が男でないことなんて勿論わかっている。
けれど、自分らしくいたいと思うことが、そんなに悪いことなのだろうか。
再び空の口から大きな溜息が零れた。








「忘れ物は無い?」
「はい、大丈夫です」
「……気を付けてね」
「行ってきます」
笑顔の母に見送られて家を出る。


光子郎の胸に苦い物が広がった。


どうして自分はこうなのだろう。満足に笑うことすら出来ない。
優しい両親を背に、一人の世界に没頭するようになったのはいつからだっただろう。
今回のキャンプだって、太一に強引に誘われなければ不参加を決め込んでいたことが容易に想像出来る。
たくさんの友達が欲しいとは思わなかったが、せめて両親には笑顔で向き合いたい。
重くなり始めた体を引き摺るように、集合場所へと歩き出した。








「あ〜ん! ママァ! 寝癖が直らない〜!」
「あらあら、ちょっと待ってね、ミミちゃん。パパのご飯が出来たら、すぐブローしてあげるから」
「ママ、あっちの方が急ぎみたいだから、先にやってあげてくれないか」
「もう! パパったら、ホントに優しいんだから〜! ス・テ・キ」
「何言ってるんだい! 家事も育児もこなそうとする、ママの方がずっとステキだよ!」
「いや〜ん、パパの方がステキよ〜!」
「ママの方だよ〜」



俄に盛り上がり始めた二人に、ミミは叫んだ。



「ママ! 早く手伝ってよ!」








「あ〜あ……何で僕はこんなことに参加したんだろ……」
てくてくと歩道を歩きながら、丈は思わず零した。
塾の勉強や二学期の予習。
やらなければいけないことは山積みなのに。
キャンプの参加を決めたのは、学校の教師も監督員として参加するから、こういうことに参加しておけば内申が良くなると聞いたためだ。
我ながらせこいとは思うものの、最近の私学受験には学力だけでは難しいと言われているのも事実。
勉強が出来るのは当たり前で、さらに学級委員を六年間務めたとか、学外の活動でリーダーやキャプテンを経験しているとか、そういうものも評価される世の中なのだ。
正直なところ、自身があまり先に立って歩くのが得意ではない丈としては、同級生相手ではどうしても気後れしてしまう。


だからこそ、今回のキャンプはチャンスでもあった。
年下の子相手なら、自分がリーダーシップをとりやすい。
その好機だと思って参加を決めたものの……。
当日が近付くほどに不安で痛いような気がした胃が、本気で痛んできた(ような気がする)。


「うう、やっぱりやめておけば良かったかなあ……」
情けない声を出しながら、丈はよろよろと歩き続けた。








大きな何かが二つ、ぶつかり合っている。
見たこともない、動物、と言っていいのか。
テレビで見る、「怪獣」と呼んだ方が正しい気がする。
自分の目の前で繰り広げられている戦いが、ひどく非現実的なのはそのせいかもしれない。



戦いは終息に向かっている。

けれど何故だろう、意識が遠くなっていく。

ここにいなければならないと思うのに、どんどん瞼が重くなる。

目を開かなければ。





思った瞬間、瞼は簡単に開いた。
「あれ……」
辺りはまだ暗い。
どうして起きてしまったのか、よくわからない。




何だか妙な夢を見た。




1999年8月1日、朝の出来事。
フリー配布されていたので頂きました。がん様のサイト
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