そこここで、煩いくらいに蝉が鳴いている。


今年もまた、「あの日」が来た。






あれから何年もの月日が流れた。
誰もがそれぞれの道を歩み、それぞれの夢へ向かって進み、ほとんどの者が所帯を持つほどになった。
それでも毎年、この日には集まりを持つ。
もちろん、年によってはどうしても都合がつかなくて、欠員が出ることもあったけれど。
予定の付けやすい者は、必ず集合するようになっていた。


8月1日。今年は全員が無事集合した。







「あちぃ〜」
「さすがにバテるな……」
「どっか店入る?」
「お化粧落ちちゃう〜」
「どこか探さないと……」
「ファミレスでいいんじゃない?」
「この人数って結構厳しいですよね」
「あそこならいけそうじゃないですか?」





空にはカンカン照りの太陽が輝いていて、ほとんど風の無い猛暑日では、外で会話するのは辛いものがある。
目に付いた、空席のある店に、涼を求めて入るのも、無理はないものだ。




「子供の頃って、このくらいでも平気で外で遊んでたわよね」
「そうそう。サッカーなんかしてたら暑さ忘れちまったよなー」
「そうですか? 僕は昔から暑さは苦手でしたが」
「こーしろー君は軟弱だからー」
「ミミさんにだけは言われたくありません」
「どういう意味よ!」
「まあまあ、ミミ君」




慌ててミミを宥める丈を、他の5人はいつもの光景と言わんばかりに余裕顔。ドリンクバーで注いだ飲み物をごくごくと飲んでいる。
しばらくして落ち着いたミミが、喉が渇いたとおかわりを取りに行っている間に、光子郎にちょっと釘を刺しておくのもいつものこと。
何年経っても変わらないこの空気が、堪らなく愛おしいものであることを、大人になって余計に痛感する。






思えば、今ここに集まっているのが不思議なくらいなのだ。
もしもあのことが無ければ、小学生の頃に、いや、あのキャンプが終わったら、もう二度と関わることもなかったかもしれないような顔触れだ。


兄弟である太一とヒカリや、ヤマトとタケルは、もちろんそれで終わるということはないけれど、最強のツートップと言われた太一と空だって、中学生になって部活が離れれば、それで繋がりも切れていたのかもしれない。
学校で顔を合わせれば挨拶くらいはするだろうけれど、ただそれだけの関係になっていた可能性だってある。
学年の違う光子郎やミミ、丈とは、もっとだろうし、学校が違うタケルに至っては、「そんなヤツいたっけ」状態になることの方があり得る話だ。





それが今、もうあの夏が遠い昔に感じられるような年齢になっても、こうして忘れることなく集まることが出来るのは、間違いなく、あの冒険のおかげなのだ。



苦しくなかったわけがない。

辛くなかったわけがない。

息を殺さなければならないような状況を経験して。

生命を狙われるような目に遭って。

目の前で消えていく生命を目の当たりにして。



それらは全て、経験しなくてもいいことだった、もしくは、あの年で経験するべきことではなかった、と言われるのはわかっている。
けれど、誰一人として、あの日々が無ければよかったなど、忘れてしまいたいなど、思っていない。


苦しかった。

辛かった。

怖かった。

悲しかった。

けれど同時に、掛け替えのないものをたくさん得た。

生命の大切さなんて、心から理解出来ている子供が、あの頃周囲にどれくらいいただろう。

仲間がいることの心強さは?

想う意志が、どれだけ強いかは?

自分が誰かに生かされているという実感は?



どんな苦境に陥っても、諦めずに立ち向かっていく強さを。

誰かを想い、感謝の念を忘れることなく生きる尊さを。

どんなときでも一人ではないと思える心を。

与えてくれたのは、戦いに明け暮れたあの日々だ。

当然の事ながら、思い出すのは綺麗な思い出ばかりではなく、やはり苦しかったものの方が多いし、後悔することばかりだ。



それでも。


今自分がここにいられることを、何よりの誇りに感じる。

最高の仲間に出逢えたあの夏に、心から感謝している。

それだけは、間違いのないことなのだ。







心の隅でそんなことを考えながら、ミミが戻ってきたのを合図に、自分達の近況報告に入った。




太一は、やはりデジタルワールドを正しく理解してもらうのは難しい、政治家は利益ばっかだ、と愚痴混じりに。

ヤマトは、以前から交渉を続けていた、ガブモンとの宇宙旅行が実現しそうだという話を、少々興奮気味に。

空は今度のファッションショーで、名の売れたモデルが、是非使ってほしいと言ってきたのだ、と嬉しそうに。

光子郎は、デジモンは研究すればするほど奥が深くて、まだまだ調べたりないと、欠伸を噛み殺した。どうやら、眠っていないらしい。

ミミは新作料理が出来たのだと得意気に言ったが、誰も味見をしてくれない、と不満も漏らした。

丈はデジモンの体のつくりに辟易した話を。なかなか魚型や植物型、虫型のデジモンまでは把握出来ない、と少し悔しそうに。

ヒカリは、最近は子供達が保育園にデジモンを連れてくるので、手間が2倍になって大変なのだ、と少し溜息を吐いた。それでも楽しそうではあったが。




そんなみんなの近況を聞きながら、相変わらずにこにこしているタケルに、太一が「お前は」と水を向けた。
そうすると、3年程前にタケルと結婚したヒカリまでもがにっこりと笑んで、隣で何やらごそごそし始めたタケルを見守っている。



これ、と取り出したのは紙の束だった。

全員が一瞬眉を顰めて、それから目を見開いた。



「お前……!」
「マジか!」
「出来たの!?」
「うそ!」
「うわあ……!」



それぞれが思わず声を上げた。光子郎に至っては、声が出ないほどの衝撃を受けたらしい。
「少し前にね。ヒカリちゃんにはもう読んでもらったんだけど、みんなにも見てもらいたくて」
タケルがそう言うと、また数秒時間が止まったように全員の動きが止まり――――






次の瞬間には奪い合いになっていた。



「ちょ、引っ張らないでよ!」
「俺が先に読む!」
「破れちゃうじゃない〜!」
「そう言うなら、ミミさんも離してください!」
「おい、タケルが書いたんだから、俺に権利があるだろ!」
「ヤマト、そんなの関係ないよ」




原稿自体はかなりの厚さがあるので、そうそう破けるということはないだろうが、クリップが外れてバラ撒かれるという可能性はかなり高い。
作者であるタケルとすでに読んでいるヒカリは、周囲の人間からの視線を感じながらも、余裕綽々でコーヒーを傾けている。
たとえバラ撒かれたとしても、拾うのは彼らに任せればいいし、別にタケル達は困らない。
読みたいが故に並べ替える手間をかけるのも、自分達ではないのだから。




そうして悠々と彼らを眺めながら、顔を見合わせて笑った。



目を細める先には、懐かしい姿があった。



騒ぐ太一とヤマトに、それを窘める空。

いつの間にか泣きそうになっているミミを、光子郎がおろおろと宥めている。

丈はどうしたものかと戸惑っている。


年長者達の、そんなあの頃と変わらない様子に、堪らなく愛しいものを感じる。






最年少組にそんな風に思われているとは露ほどにも知らず、彼らの手の上で、『デジタルワールドの冒険』と書かれた紙の束が踊っていた。
フリー配布されていたので頂きました。がん様のサイト
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