しゅうまつがやってくる!

国のエラい人
こぞって机とにらめっこ
何も進展(かわら)ないよ
知ってる現実(こと)だけ知らんぷり


 ボーグ禁止令? そんなの知らないですよ。どうせお偉いさんたちが机上で口論してるだけですから。
 危険だから? あぁ、何回も死にかけたけどどうにかなりましたよ。お偉いさんたちは何も分かってない。……いや、だからこそ禁止にするんだ。自分のつまらないプライドを守るために。
 どうかしてると思いながら変わらない日常を過ごす。――これって僕はお偉いさんたちと同類ですね。動かないと何も変えられないのに。


今日も曲がり角
偶然だね、とウソをついて
きみのひだり キープ
5分と笑顔が宝物


「ケン、久しぶり」
「ひ、久しぶり……」
 ワタシは逃げたケンを追う。前にも言ったでしょ? ワタシは我儘って。だからいつまでも追いかける。追いかけて、逃げられて、また追いかける。
 女は幸せになりたいの。好きな人と一緒にいて、たまには喧嘩もする。ワタシはケンを好きな人に選んだ。彼がどう思ってるかわからないけど、ワタシはずーっと想ってるから。
「何よ〜、そんなに怖い顔しなくてもいいじゃない」
 そんなことを言いつつ彼のそばに寄る。――ワタシ、普段はそんなに怖くないのよ。ただちょっと想いが暴走しちゃってるだけ。だから許してね。
「ねぇ、デートしない? ケンの好きな場所でいいから」
 彼は今からあの店に行く予定だったらしく渋い顔をする。カブトボーグ関連商品が売られているあの店はケンと彼の友達のたまり場だ。ワタシは“笑顔”で念を押す。女の武器は最大限に活用するの。……ほらね、ケンは素直だからすぐ心を許す。
「俺の好きな場所で本当にいい?」
「うん、喜んで!」
 食べ歩きデートでも十分楽しい。ケンの行きつけの店で食べ物のことについて話したり、それぞれの学校生活や日常生活を報告し合ったり、友達のことを話したり……。話題は尽きることがない。
 贅沢もしたいけど……今は我慢してあげる。だから、いつか高層マンションで二人暮らししよう。ちゃんと両親にも報告して、友達にも報告して、賑やかに暮らすの!


“世界が”どうなっちゃうとか
全然実感わかないよ
ただ君との距離が今、肌と両手に伝わる
幸 福 感


『――これからどうなるのかな』
 カツジからの手紙の最後にそう書かれていた。ワタシはカツジのセカイが知りたくて日本語を学び始めた。二回目にココへ来てくれたトキ、住所を教えてもらった。それからカツジとは手紙で連絡を取り合うようになる。
 カツジのいるニホンでは今、カブトボーグのちょっとした戦いがあるみたい。詳しくは分からないけど、カツジの手紙には『もしかしたら大変なことになるかもしれない』って書いてあった。ワタシの周りは平和だから特に実感はないけど。
「チャージ、イン!」
 コーキはパパに買ってもらったボーグサンで遊んでいる。カツジに逢ったあの日から、ワタシの人生が変わった。初めてソトのセカイに興味をもった。
 ワタシはカツジのコトが好き。カツジが気づいてるか分からないけど、カイガラをあげたトキすっごいドキドキした。渡したトキに触れたカツジの手は温かかった。幸せってコトバはあのトキのコトをいうんだね。


終末がやってくる!
そんなこと別に 興味ないんだ
週末がやってくる!
今度こそ想い 伝えなくちゃ


「ケーン、深刻な話でもあるの?」
 “たまたま”ケンと会った。ワタシは無理矢理彼について歩く。彼は珍しく真面目な顔で何かを考えていた。いつもは食べ物のこととかボーグのこととかを考えてニターってしてるのに。
「あ、いや……。ノリミ、ボーグ禁止令知ってるか?」
「あー、あのボーグバトルは禁止とかどうとか……。アレって本当なの?」
 テレビや雑誌でずいぶんと話題に上がってたりする。危ないからボーグバトル禁止、ついでに所持することも禁止になっちゃうとか……。興味ないからあんまり記憶にないけど。反対の署名活動してる人を町中でたまに見かける。
 詳しい内容を深刻そうに語る彼を見るとからかうのをためらう。それに今日告げるつもりでいた“あの”言葉も言えるわけもなく、彼の語りに相槌を打つことぐらいしかできない。彼の表情に笑いはなく終始真剣に何かを考えているようだった。
「(ノリミ、なーに怯えてるのよっ!)」
 自分に喝を入れてみるも効果はない。この日は何もできないままあの店に着いてしまった。あともう少しなのに……。ワタシは勇気を振り絞って彼に話し掛ける。
「ケン、あ、あのね……」
「……なんだ?」
「……ッ。ま、また今度ね! (ってワタシ、それただの別れの挨拶だよ!!)」
 ……ワタシ、馬鹿だ。ここまで止めておきながら本題に入れてもない。嘘をつくのは得意なのに、いざ本音を言おうとするとすぐ尻込みしてしまう。
 こういうときに言えないからワタシは“我儘女”で終わってしまうんだ。それは分かってるけど、どうしても言えないの。恥ずかしいし否定されたら嫌だもの。


世紀末の大予言も
オオハズレ 人類ビックリです
シュウマツロンだって きっと
宇宙人?かなにかのイタズラでしょ?


「よっ」
 ケンが来た。これで三人揃う。ロイドさんは今日の新聞を取り出した。最近騒がれてるカブトボーグについての記事が大きく載せられている。勝治が記事を一通り読み顔を歪ませる。
「……ほぼ決定のようですね。それにしても……終末論だなんて馬鹿げてる」
 シューマツロン? なんだそれ。オレは首を傾げる。勝治は苦笑しロイドさんに目配せする。ロイドさんは分かりやすく説明してくれた。
「終末論というのは、歴史は必ず終わる、ということでーす。ここの新聞ではカブトボーグも終末論に当てはめてまーす」
 それからいかにしてふざけた考えを阻止するかについて話し合った。結局は『子供三人と大人一人でそんなことができるわけがない』という当たり前といえば当たり前の結論に至った。気づけば夕陽で空が朱く染まっている。
 帰り道は一人で帰ることしにた。二人には悪いけど、たまには一人で考えに浸ってみたかった。頭の中のモヤモヤが消えない。モヤモヤの元は分からない。
「(終末論……)」
 オレは勝治が言ったあの単語について考えていた。ロイドさん曰く『終わりのために歴史はある』……らしい。カブトボーグはそんな古い考えとは絶対に違う。それを分かってない馬鹿がいる。
 今すぐにでも殴り込みに行きたい。ボーグの神様がいたならきっと赦してくれるはずだ。――あーっ、むしゃくしゃするーッ!! オレは頭を抱えた。
 空を見上げたとき、ヘリコプターが通過するのが見えた。あれは確かビックバンのヘリだったはずだ。その瞬間、モヤモヤの原因が分かった気がした。ズバリ、“行動”だ。
「そっか!!」
 オレはアイツのところに行く。アイツもきっと同じことを考えてるに違いない。それに勝治やケン、ロイドさんだってこのままおとなしくしてるヤツじゃない。まだ……、まだオレは諦めねぇからな!


国のエラい人
こぞって机とにらめっこ
何も進展(かわら)ないよ
知ってる現実(こと)だけ知らんぷり


 ついにビックバン・オーガニゼーションが動いた。政府は本格的に“ボーグ禁止法”を法律にしようと憲法草案を国会に上げたからだ。警察も政府の味方っぽい。国民を守るための警察が何してるのだか。まったく、呆れちゃうよ。
 そう思いつつ昨日は冷めたことを言った。だって、権力を振るう大人の暴走はそう簡単に止められそうになかったからね。リュウセイくんやケンが熱く語るのを聞いて羨ましかった。僕だって許せないけど、二人のように高らかに異論を述べる勇気はなかった。
 僕はエレクトリカル・スピードワゴンを握り締め、ロイドさんのお店に入る。僕の“勇気”は今から見せる。……あっ、その前にヒナーノ宛の手紙を出さないとね。もしかしたら最期になるかもしれない、彼女への連絡。


君は 突然さ
『遠く』に行ってしまったんだ
大人たちのヒトコトで
幸福論なんてチリ紙で


 表情が暗かったのも、妙に男らしかったのも、全部このためだったのッ!? 気づいたときには、ケンはもう姿を消していた。いくらなんでも早すぎよ。まだ何も言えてないのに……。
 誰が悪いのッ!? 誰が誘ったのッ!? 誰がワタシの許可なしに彼を連れてったのッ!? 誰、誰、誰、だれ、だれ、ダレ……ッッッ。
「ケン、アンタどこにいるかぐらい教えなさいよ……ッ」
 彼のいない“しゅうまつ”はつまらない。どうしよう、ワタシも彼のそばに行こうか。でもどこに行ったか分かんないよぉ。ワタシは道路に転がっている石ころを蹴る。石ころは壁に当たりこっちに跳ね返る。……ケンもあの壁の向こうにいるのかなぁ。
「戻ってきて……」
 ワタシの幸せは彼がいないと完成しないの。だからカブトボーグなんか棄てて戻ってきてよ。いつものように二人で歩こうよ。食べ歩きデートしようよ。……ねぇ、せめて居場所ぐらい教えてよ。
 気がつくと空はだいぶ鉛色に染まっていた。そして静かにワタシを濡らす。世界は……変わってしまったの? あの日々は、もう終わりを迎えたの? 空は無言でワタシを濡らし続ける。このまま彼の想い出も流したらどれだけ楽になるのだろう。
 現実はそんな都合よくできていない。雨にいくら打たれても想い出は流されることなく、ワタシのなかでとどまっている。雨音はやむことを知らない。陽が傾き、ワタシが家に帰ったあとも降り続いていた。


“世界が”なんて知らないよ
「戦争?」「天災?」知らないよ
ただ君との距離が今、肌と両手に伝わる
喪 失 感


「カツジ……!?」
 カツジから届いた手紙は信じたくない内容ばっかりだった。ワタシは何回も読み返す。間違って読んだ部分があると信じて、何回も読み返した。
「“ヒナーノへ。
もしかしたらこれが最後の手紙になるかもしれない。ごめんね。
僕は大人たちの行動が許せない。ヒナーノのことも大切だけど、カブトボーグも大切なんだ。
わがままでごめん。今なら嫌いになっていいですよ。
ヒナーノのこと、好きです。だから、幸せになってください。
勝治より。”
――……カツジ、嘘だよね。また手紙くれるよね」
 キレイに書かれた字からは何も分からない。ワタシはパパが読んでいた新聞を無理矢理取った。パパのちょっと痛い視線を無視してニホンの情報があるか調べる。数ページめくったあとニホンの情報が載ってあるトコロを見つけた。――ボーガーたちの、反乱。
「…………ッ!」
 カツジは戦いに行った。理由なんて聞きたくないわッ! カツジ、こっちにおいでよ。ココは平和だよ。だから手紙どおりにはならないで。ワタシは新聞を持ったまま泣く。セカイなんて知らない。ワタシはカツジがいればいいの。カツジがセカイのすべてなの。
 こんな“しゅうまつ”は要らない。初めて触ったカツジの手の温もりはまだ残ってるのに、カツジが遠のいてく。カツジの手を掴みたいのにカツジはワタシから離れていく。カツジがワタシの知らないセカイに染まっていく。


終末がやってくる!
そんなことホント 興味なかった
週末がやってくる!
どうしよう気持ち 伝えなかった


 終末? 来るなら来いよ。リュウセイがすぐにぶっ壊してやるからさ。俺? ……俺は、リュウセイが闘いやすいようにサポートするだけさ。
「ケン、大丈夫?」
 勝治が俺の不安をあっさりと見抜く。俺はノリミに何も告げず来た。これで二回目だ。揺るがない決意をもったリュウセイの背中が眩しく見える。……そういう勝治はどうなんだよ。ほかの国の子と手紙交換してるとか言ってなかったか?
「僕は一応伝えましたよ? ……もう、迷ってる暇はないですからね」
 そう言って勝治はリュウセイの所に駆ける。そうだな、もうここまで来ちゃったら後戻りはできない。……ノリミ、ごめん。もうしばらく待ってくれ! 俺の気持ちは絶対に伝えるから。今度こそ有耶無耶にさせないから。


抑えきれない想い
願い 夢 うたをつめこんだ
てがみ 一つじゃ足りないの
どれだけ書いても 伝わんないんだ もう


「カツジ、戻ってきて……」
 あの手紙が来て一週間経つ。ニホンは今大変なコトになってるらしい。返事が書けない。たくさんありすぎて手紙の中に入りきらないの。好き、会いたい、寂しい、そんな簡単なコトバで書きたくない。
 ニホンに行きたいけど今のままじゃあパパやママに許してもらえない。特にパパは絶対に行かせないってどなってた。……パパ曰く、『とっても危ない状態』なんだって。
 もし手紙を出せたとしてもちゃんとカツジに届くか怪しい。ワタシは今日も書きかけの手紙に向かって想いをつづる。ワタシなりのすべての気持ちを込めた手紙を完成させようと奮闘する。カツジがワタシのセカイにいつか戻ってくると信じて。


両手じゅう想いのピース
『送る相手?』知らないよ
それならば いっそのこと
世界中にばらまいてしまおうか?


「ノリミちゃん、どうしたの?」
 ワタシの友達が手を止める。気晴らしに食べに行こうって誘ったのはワタシなのにまだ食べ物に手を出していない。ワタシは友達にケンのことを話す。……たぶん、ボーガーたちの反乱に参加してることも。
 周りを見まわすと実際に反乱が起きているという実感がどうしてももてない。普段通り学校にも通えるし、遊ぶこともできる。ただ一つ決定的に違うのは、ここからカブトボーグに関することが消えてしまったことだけだ。ワタシの学校からも“反乱”に参加してる人がいるんだとか……。
「そう、それは大変ね……。その彼とは連絡取れないの?」
 ワタシは力なく頷く。いつもの店も閉まってるし、彼の実家兼中華料理屋に行っても『ケンは知らない』、とのことだった。彼への想いだけが積もっていく。それは雪みたいに溶けることを知らない。
「本当に好きなの?」
 友達はワタシの目を見る。友達は鋭い。将来探偵にでもなったらどうかと本気で思う。ワタシは無言で彼女を見つめ返す。空白の時間がしばし支配した。ケンのことが好きなのに『実は違うのかも』とドキドキする。
「なんてね。ノリミちゃんはもうちょっと自分に自信を持ちなさいよ。そんなに怯えなくても大丈夫。その彼なら受け入れてくれるわ。というかもう受け入れられてるのよ」
 友達はワタシの頭を軽く叩く。ワタシは一枚の写真を手に取る。彼と、彼の友達と、ワタシが写ってる写真。不思議なイントネーションの店長が撮影してくれた。あれだけ一緒にいてケンとの写真はこれしかない。
 みんなの笑顔が眩しい。彼の友達は個性的だ。個性的でパッと見バラバラな人たちに思える。でもかかわってみると仲の良さがひしひしと伝わる。三人ともに通じる“何か”がある。まさに類は友を呼ぶっていう感じ。ワタシも最初見たとき本当に友人なの? って疑った。
「ありがとう。ワタシ、今度ケンに逢ったら一回どなってやるわ! どうしてワタシを置いて行ってしまったの!? って」
「それでこそノリミちゃんよ。私も彼氏ほしいなぁ……」
 友達はジュースを飲む。……そう言いつつ目の前にいる友達はモテる。告白されて困ってるっていうのを何度聞いたことか。恨むとかそういう感情はもたないけど、羨ましかった。
 この想いをどう処理しようか。一分一秒でも早く逢いたい。この想いを彼にぶつけたい。写真の中の彼じゃ駄目なの。実際に逢って無事を確かめたいの。友達は何も言わず注文した食べ物を食べる。
『好きだよ』
 ――その一言を伝えるために、ワタシはどうしたらいいのですか? 今すぐ伝えるすべはないのですか? あーあ、こんなことになるならラブレターでも書くべきだったのかなぁ……。


しゅうまつがやってくる!
愛のうた ひとつ いかがですか
どこかのだれかがちょっとでも
笑顔になれるよな 世界なら


「ガキだろうと容赦しねぇぞ!」
 警察官が俺たちに銃を構える。国会議事堂まで後少しなのになかなか着かない。これまでに何人のボーガーが命懸けで道を築いてくれただろう。気がつくとボーガーは数えるほどしかいない。道中にも警察官や反カブトボーグのやつらに襲撃された。
「総帥、ここは私たちにお任せください」
 ガルフストリーム笹本が部下を率いて警察に攻撃する。ビックバンはその光景を見ると国会議事堂に向かう。その背中は痛々しい。ガルフストリーム笹本は俺たちにも声を張り上げ伝える。
「天野河リュウセイとその仲間、早く総帥のあとにつけ!」
「でもっ」
 リュウセイは首を横に振る。あいつはここから動かないつもりだ。リュウセイの気持ちも分かる。でも、ここでリュウセイを脱落させるのは、先に進めなくなるのときっと同じ意味だ。悔しいけど俺たちはリュウセイほど強くない。
「――リュウセイくん、ここは戦場だよ!? ガルフストリーム笹本は命懸けで止めてくれてる。だからこそ、僕たちは前へ進むしか選択肢はないんだッ」
 勝治はリュウセイの頬を叩く。リュウセイはもう一度ガルフストリーム笹本を見た。ガルフストリーム笹本は敵――警察官を倒す。銃をどんなに発砲されても怯むことはない。男の鑑だ。
「……くそ…………ッ」
 リュウセイはビックバンの後につく。俺もリュウセイについて行く。勝治は何かを呟いて俺たちのあとにつく。そのときガルフストリーム笹本は満足そうに笑ったように見えた。そして、爆発音と煙で姿を消す。


終末がやってくる!
君はもうやってこないのにな
週末がやってくる!
君はもうやってこないのにな


 数多の犠牲を出して、国会議事堂の内部――おそらくかなり奥のほうまで辿り着く。ここまで来ると精神的にも体力的にも厳しくなる。ガルフストリーム笹本が壁になってくれたときのリュウセイくんの戸惑いは、僕の戸惑いでもあった。これ以上犠牲を出したくない。……でも、ここは戦場。甘えは許されない。
 国会議事堂は無駄に綺麗に見えた。外で混乱が起こっているとは思えないぐらい静かで、落ち着いていた。ただし警察官がちらほら見える。やっぱり少しは警戒されているらしい。
「勝治、さっきはありがとな」
「僕こそありがとう。ようやくけじめがつきました」
 ビックバンの案内で日本の権力者が集まる場所へ向かう。敵を倒しつつ目的地に進む。あともうちょっとで諸悪の根源が現れる。絶対に許さない。カブトボーグを知らない人に根絶やしにされたくない。
「さぁ、ここだ!」
 ビックバンはダークサイド・プレジデントを取り出し扉を壊そうとする。その瞬間、何かがビックバンの腕をかすった。警察官はまだ残っていた。しかも、外にいた奴らよりずいぶんたちの悪そうな顔をしている。
「しまった。……お前らで壁を壊せッ!」
 ロイドさんは首を横に振る。そしてビックバンの前に立ち警察官と睨み合いの状態になった。いつものロイドさんのはずなのに、眼鏡を外したときのロイドさんの雰囲気に似ていた。
「ビックバン、ここはワタシが止めてみせまーす。だかーら、リュウセイクンたちのサポートお願いしまーす」
 ロイドさんは眼鏡を外す。そしてシーザー・カエサル・エンペラーを取り出し警察官と戦う。……ここで立ち止まったらガルフストリーム笹本の二の舞だ。僕はロイドさんを一瞥し、扉の先を睨みつける。
 おそらく、すべての元凶はこの先にいる。まさかここまで来るとは思ってないだろうね。
「レッドアウト・ゴールデンマキシマム・バーニング!」
「デンジャラス・サンダー・アルティメット!」
「チャイナクック・マーベラス・チャーハン!」
「ビッグバン・ファイナル・エクスプロージョン」
 扉を破り中に入る。大理石が敷き詰められていたりと、よりいっそう豪華になった。長いテーブルの上にはワインやテレビの中でしか見たことがない食事が並べられていた。中年の無駄にいい格好をしたおじさんが僕たちの入室に目を丸くする。
「な、なんだね? 君達は」
 豚みたいな体型のおじさんは虚勢を張る。見たことない顔だけど……誰? 勢いでソファから立ち上がるのはいいけど足が震えてますよ? 案外気弱なんだね、お偉いさんでも。
「美味そうな食事だなー、リュウセイ、勝治」
「こんな奴らに飲み食いされて可哀相に」
「本当ですね。……絶対に、許しませんよッ」
 気弱なおじさんの横で不敵に笑う大臣がいる。そいつは懐から小型の銃を出し構える。一瞬の出来事だった。弾はリュウセイくんのほうに一直線に向かう。テレビの中の“顔”とは大違いだ。
「ッ!」
 あのわずかな間にビックバン――おじさんはリュウセイくんと弾の間に立つ。おじさんは出血している腹部を手で押さえ、ダークサイド・プレジデントを放つ。
「お前如きにリュウセイは殺させない」
 それは“父親”としての誓い。おじさんはダークサイド・プレジデントで敵を撹乱させつ銃を持っている大臣に突撃する。その間にも大臣は気が狂ったかのように銃を撃つ。いや、本当に気が狂っている。だから平気で人に向けて撃てるんだ。
 その隙に別の奴が銃を構えボクたちに銃口を向ける。僕はとっさにエレクトリカル・スピードワゴンで奴の気を紛らわせるようとした。
「デンジャラス・サンダー・アルティメット・シグマ!」
「生意気なガキはこの国に要らない」
 奴は無表情のまま銃を撃ち続ける。たまに僕のすぐそばまで弾がかする。最初は怖かったけど、あの無表情の馬鹿を見てると怒りの感情が大きくなる。――あんな奴にカブトボーグを滅ぼされてたまるか。
「勝治!?」
 僕はリュウセイくんやケンに背を向ける。奴の相手は僕だ。リュウセイくんたちにはほかの奴らを蹴散らしてもらわないと。僕はリュウセイくんとケンに最期の伝言を言う。
「リュウセイくん、ケン、僕のことはもうほっといてください。――早くほかの奴らを倒してくださいよ!」
 “しゅうまつ”が近づいてくる。僕は胸の痛みを抑えつつ敵との闘いに集中する。お願い、僕の心臓、せめて目の前の敵を倒すまでは持って。
 近くで何かが倒れる鈍い音が二回した。おじさんはきっと……――。敵への集中が乱れた一瞬、敵はすかさず僕の心臓目がけて銃を撃つ。気づいたときにはもう遅かった。僕は床に膝をつく。
「……っ」
 敵はとどめをさそうと至近距離に近づく。僕は乱れた呼吸を抑え、最期のチャンスを無駄にしないよう敵の隙をうかがう。もうこれ以上無駄な攻撃は仕掛けられない。頭の中で最適距離を計算しつつ、奴を待つ。
「(今だっ)メモリアル・メリーゴーランド・マキシマム!!」
 十年ちょっとの人生のすべてをここに詰め込む。初めてのボーグバトル、リュウセイくんやケンとの出逢い、何度も死にかけたこと、世界中の国をまわったこと、ヒナーノとの出逢い、死神との出遭い、死ぬ気でしたボーグバトル……。嬉しいことや悲しいことすべての想い出をこの技に賭ける。お祖父ちゃんみたいに長く生きてはないけど、充実した人生を過ごすことができた。
「……ッ」
 敵は初めて表情を見せる。目を丸くし、エレクトリカル・スピードワゴンのいる背後を向く。……僕だって、リュウセイくんみたいにやるときはやるんだよ。リュウセイくん以外だったら勝てるとでも思った? この馬鹿が。
「(ヒナーノ、ごめんね。約束破ることになるみたい)」
 僕は最期の力を振り絞りエレクトリカル・スピードワゴンを手に取る。いつも一緒にいた相棒は傷だらけで、バトルはもうできそうになかった。でもやっぱり、僕はカブトボーグが好きだ。
 僕の暗い世界にボーグは光を照らしてくれた。僕に生きる目的をくれた。ヒナーノに逢えたのも、リュウセイくんやケン、ロイドさんたちに逢えたのも、全部カブトボーグのおかげだ。僕は血生臭い部屋で彼女の幻想(すがた)を見る。彼女は遠くの世界で笑っていた。
「逢いたい……な…………」


終末がやってきても
もう二度とこないで 大嫌い
週末がやってきても
もう二度とこない だれかの笑顔


「リュウセイ、俺はこっちを倒す!」
「オレはこっちな!」
 勝治に言われたとおり残りの敵を倒す。残りはあと三人。一人は明らかに使えなさそうなヤツだから二人ってことでいいな。オレは狙った一人に向けトムキャット・レッド・ビートルを掲げる。敵は逃げ腰になりながらも近くに落ちていた銃を拾う。
「君たちにはここで死んでもらわなければ……」
「チャージ・イン!」
 こうして、敵――自分の国の総理大臣とのバトルは始まった。バトルといってもボーグバトルではなく文字通りの死闘。ボーグバトルと同等、もしくはそれ以上の集中力が必要になってくる。オレは無意識のうちに拳に力を込めた。
 敵は思ったよりも強い。オレは愛機――トムキャット・レッド・ビートルとともに闘う。敵はお構いなしに銃で弾を撃つ。オレは右手を上に掲げる。
「レッドレッド・メテオバースト!」
「そんな技は効かぬっ。……私はなんとしても君を倒す! 君さえいなくなれば私の権威は安定だっ」
 敵は銃を乱暴に放り投げ懐からナイフを取り出した。台所にある包丁より小さめで確かに懐にも入りそうなサイズだ。敵はオレに突進してくる。意外に足が速く、気がついたら腹部を刺されていた。敵はオレから数歩離れて嘲笑する。何がおかしいんだ?
 その直後、見慣れた黄色のカブトボーグが落ちてきた。オレはまさかと思いつつ音のしたほうに顔を向ける。……ケンが、うつ伏せで倒れている。その後ろで勝治の姿も見えた。まさか、二人とも……。そういえば、“音”がしない。
「ケンっ、勝治ーーー!」
「き、君!?」
 紅い鮮血とともに、使えなさそうなヤツが唇を吊り上げる。へっぴり腰だったヤツはさっきと打って変わって悪の顔をしていた。――いったいどういうことなんだよっ!? いつものように仲間に聞こうとしかけ、もう“い”ないことを思い出す。
 勝治も、ケンも、ビッ……親父もオレに託して散った。一番の悪は無名のおじさんだった。総理大臣ときっと同じような理由――“自分の地位を確実にするため”に、オレの親友やライバル、敵までも命を落とした。総理大臣も十分悪だったけどよ、コイツもなかなかの悪だぜ。
「誰だッ?」
「君には関係ありませんよ。私はただ理想の世界を完成させるだけです!!」
 それにしても、最期の敵があの使えなさそうなヤツになるとは……。総理大臣と闘ったときの傷がうずく。てっきりアイツで終わりだと思っていた。ヤツは泣いてるか笑ってるか分からない奇声を上げながら長刀を振りまわす。オレはこれ以上致命傷を負わないよう、かわすので精一杯だった。
 トムキャット・レッド・ビートルをコントロールしようにも集中力が足りなくて巧く扱えない。――オレはもう駄目なのか? 最期の最期でこんなかっこわるい姿をさらすことになっちまうのか? 諦めかけたとき、遠くから誰かの声が聴こえた。もう“い”ないはずの、馴染みの声だ。
『リュウセイくん、ちゃんと倒さないと許しませんよ?』
『リュウセイ、俺たちの努力を無駄にする気か!?』
 勝治、ケン……。――いつか見たその光景は、オレを立ち上がらせるのに十分すぎる効果をもっていた。ほかにも親父やガルフストリーム笹本、ロイドさんやマンソンの声も聴こえる。誰一人オレが勝利すると信じている。……オレは、ヤツを射るように睨む。
「オマエ……、絶対に赦せねぇッッッ」
 折れかけた心にミンナの希望が支えてくれる。オレは近くにあった銃を取り構える。最期までオレは諦めねぇ。諦めたらミンナに顔を合わせられねぇよ。ボロボロになった身体に喝を入れ再び立ち上がる。血の匂いが鼻につくなか、最期の力を振り絞って手を動かす。
「うおおおおおぉぉぉおおお」
 撃つ、撃つ、伐つ……。理性なんていらない。ただ敵に向かって撃てばいいだけだ。オレはひたすら撃つ。トムキャット・レッド・ビートルにはしばらく休んでもらうことにする。
「ッ――」
 勝治、ケン、オレも逝くわ。怒らないでくれ。オレ、アイツ倒したから。ロイドさん、オレら頑張った。あとは頼む。親父、あの世までビックバンは勘弁してくれ。あ、継ぐのも嫌だぜ。


しゅうまつがやってくる!‥

『一揆の中心人物と思われる少年は既に死亡していたようです。なお、この一揆により議決されていた“ボーグ禁止法”は外国からの批判もあり白紙になりました。死傷者は総理大臣や少年のほか、複数人いると思われ――』

きみときみのあいするひとへ
しあわせになってください
歌:鏡音リン(ささくれP)
リュウセイさん赤、勝治青、ケン黄(山吹色)、ヒナーノ・ノリミ桃
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