桜の木の下

 町外れに桜の木が一本だけ立っていた。見頃も終わり、わざわざ桜を見に訪れる人は少ない。桜の木の下で、勝治は幹にもたれかかってうたた寝をしていた。誰かと待ち合わせしている訳でもない。ただただそこにいた。紫色の髪の毛に、桜の花弁が絡まる。そこに勝治を良く知るロイドが現れた。
 空は快晴、時折吹く風が心地好い。勝治は最近桜を眺めることが多くなった。彼はロイドが来たことを察しながらも目を開こうとしない。ロイドは無理に起こすこともせず、桜の木にもたれ掛かっている――まるで狸寝入りしているかのような勝治に話し掛ける。
「勝治クーン、外で寝ると風邪引きまーすよー」
「ロイドさんは心配性ですね。風邪ぐらい大丈夫ですよ」
「心配するのは当たり前でーす」
「――『桜の樹の下には屍体が埋まっている』」
 その言葉にロイドははっと息を飲む。勝治は相変わらず瞳を閉じたままロイドと会話していた。花弁が積もり、風で一部の花弁が飛ばされ、また積もる。何度か繰り返していたのか、勝治の身体には桜の花弁が所々積もっていた。
 屍体の話は二人とも創作だと知っている。それでも、とりわけロイドに関してはその話が嘘か誠か関係なしに桜と死を結び付けるようになり、桜に畏怖を抱くようになった。愛しい人を亡くした経験のあるロイドに、死を連想させる何かは好ましくないものだった。勝治もそれを知っている。あえて言うのは、勝治なりの冗談であり、希望でもある。
 綺麗な桜の養分になれるのなら、己の死にも意味はあるのだと。何度か命の危機に瀕した勝治と、遺された側であるロイドとでは桜の見方がまったく違っていた。
「冗談はよして下さーい」
「……冗談ですよ」
 勝治は身体が弱く、何度も病院にお世話になっている。それは薬や手術で治るものではなく、一生のお付き合いに等しい。ボーグバトルは時に身体に負担を掛けてしまうが、勝治にとっては生きる糧でもある。周りはそれを知っているから、無理にボーグバトルを止めようとはしない。
 刹那、ひと際強い風が吹いた。桜の花弁が一気に舞う。ロイドは思わず目を閉じた。再び目を開けると、勝治と桜の花弁が融合していて、まるで一枚の絵のような光景が広がっている。ロイドは桜が勝治を連れ去ってしまうのではないかと心配をしてしまうほど、あまりにも似合っていた。
 繊細で、幻想的な雰囲気をもつ水彩画。万が一死んでいたら、と考えると足が進まない。ロイドは独特の雰囲気にすっかり飲まれていた。
「ロイドさーん、勝治見付かったかー?」
 ロイドの店にいたリュウセイとケンがやって来た。二人は容赦なく絵の中に割り込み、勝治を引っ張り出す。思わぬ展開に勝治はバランスを崩した。そして、彼は二人を巻き添えにして倒れ込んだ。地面に散った桜の花弁が少しの間、再び舞い上がる。リュウセイたちは笑い合った。それは年相応の笑顔だった。
 美術館の中にいるようなどこか張り詰めた空気から一変して、子供たちの微笑ましいじゃれ合いになる。ロイドも安堵の笑みを浮かべた。ロイドだけでは、勝治を連れ戻せない。遺された痛みを知っているからこそ、その古傷が疼きだして邪魔をする。子供たちはひとしきり笑うと、立ち上がってロイドの店へ歩き出す。
 勝治は名残惜しそうに桜の木を振り返る。桜は花弁を散らしながら佇んでいた。
『どうしてそっちにいるの?』
「(ぼくに聞かれても困ります)」
「勝治クン、帰りますよー」
「帰るって……」
 桜に魅了された少年と、引き戻そうとする仲間たち。リュウセイとケンは勝治の手を握る。勝治はもう振り返ろうとはしなかった。生き甲斐がなければ、勝治は桜を選んでいたかもしれない。
 風に運ばれ、桜の花弁が彼らのそばに近付く。それは別れを惜しむような、まだ誘おうとしているのか、受け取る人によって解釈は変わってくる。それからはロイドの店で雑談をしたり、ボーグバトルをしたり。
 その日の夜、天井を見つめながら勝治は手をかざす。同年代の子より少しだけ肌白い。何度入院しても、生死をさ迷っても、勝治は生きている。彼は自嘲気味に笑う。
「……どうしてここにいるかなんて、ぼくも分からないよ」
 日中に見た桜が脳裏を過ぎる。凛として佇む桜は妖美で、確かに何かを犠牲に成り立っているような錯覚に陥る。地面から亡者の手が生え、呻き声が聞こえてくるような。勝治は布団から抜け出し、夜空を見上げる。星はあまり見えないが、月は夜空を照らしていた。
WEBオンリーに載せた文です。理由あってカブトボーグ再燃。
◇参考・引用文献
『櫻の樹の下には』(梶井基次郎)
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